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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)176号 判決

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号

原告

日本鋼管株式会社

代表者代表取締役

三好俊吉

訴訟代理人弁理士

白川一一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

主代静義

豊永茂弘

後藤千恵子

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成4年審判第5157号事件について、平成8年6月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年10月29日、名称を「ごみ焼却飛灰中の重金属類の安定化処理方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭61-255850号)をしたが、平成4年2月3日、拒絶査定を受けたので、同年3月27日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成4年審判第5157号事件として審理したうえ、平成8年6月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年7月29日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

ごみ焼却飛灰に、硫化剤と水を加え含水量18~30%として混練し、飛灰中に含まれる重金属を難溶性の硫化物に転化せしめ安定化させることを特徴とするごみ焼却飛灰中の重金属類の安定化処理方法。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、昭和58年3月1日日本工業新聞社発行「PPM」Vol.14、No.3、37~51頁(以下「引用例」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)の記載内容に基づき、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明とは含水量が相違する(相違点)が、その他の構成において実質的に差異がないことは、認める。

審決は、引用例発明の含水量の認定を誤る(取消事由1)とともに、本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例発明の誤認(取消事由1)について

本願発明は、混練時における含水量を特定することを特徴とするものであり、その含水量としては、添加された水の量だけではなく、硫化剤自体の含水量及びその比重を考慮して計算する必要があることは技術常識である。

そして、引用例発明における硫化剤(エポフロックL-1)自体の含水量及びその比重を考慮して、含水量を算出すると、正しくは32.7%となるものである。

したがって、審決が、引用例発明の含水量を30.6%と認定した(審決書3頁7~16行)こと及び仮定的に32.3%と認定した(同8頁10~12行)ことは、いずれも誤りである。

2  相違点の判断の誤り(取消事由2)について

本願発明のようなごみ焼却飛灰中の重金属類の安定的な処理において、反応性や操業性を念頭に置いて含水量を求めるならば、本願明細書(甲第13号証、以下、図面を含む意味で用いる。)第3図に示すように含水量の高い方がPb溶出量を十分に低減することが明らかであるから、含水量を高い側において決定すべきこととなる。しかし、含水量を高くしすぎると飛灰粉粒の間に水が完全に満たされた状態(スラリー状態)となり、ハンドリングが困難となるものである。

本願発明は、これらのことを考慮した結果、含水量18~30%という中間の特定範囲を設定したものであり、このような含水量の場合は、含水量の少ないときのパサパサした状態からねばり強い被処理物の状態に変化し、しかも水分の多いスラリー状態とはならない特別の状態を呈している。したがって、本願発明は、従来の技術レベルを越えた技術的的観点に立脚して、効率的かつハンドリングの容易な状態で重金属の溶出を防止することを達成したものである。

これに対し、引用例には、単にキレート樹脂の動向が記載されているにすぎず、本願発明の上記した技術思想、特にハンドリング性について何ら触れるものではない。また、審決は、引用例発明の含水量を30.6%と認定したことに拘泥し、本願発明の上限値(30%)との差異0.6%について、わずか0.6%であると繰返して強調し、結局、30%をわずかに越える含水量が取扱上大きな意味をもつものとは到底認めることができないとするものである(審決書6頁13行~7頁18行)。しかし、その含水量が30.6%であるときにはスラリー状態に入っていることは明らかであり、しかも、引用例発明の正確な含水量は、上記のとおり32.7%であって、30%との差2.7%は0.6%の4.5倍も高い量であるから、スラリーとしての性質が相当に高く顕れた状態といえる。このようなスラリー状態の場合、増大した水が流動化に寄与し、軽い飛灰が流動化したり他物に付着する傾向が明確に顕れることとなり、上記のように含水量が本願発明の上限値とわずかでも異なったものは、ハンドリング性において大きな問題を示すことは明らかである。

このことは、原告の依頼により神奈川県産業技術総合研究所が行った分析・試験等成績書(甲第24号証の2、以下「本件試験書」という。)において、ごみ焼却飛灰中の混練物が、水分率30%を超えた範囲においては急速にペースト状になる傾向を示すことが、明確ではないものの一応認められるのであるから、30%をわずかに超える含水量がハンドリング上大きな意味を有することは明らかである。

以上のとおり、本願発明は、含水量30%を超えるとハンドリング性が著しく劣ることとなり、この30%に臨界的意義を有することは明らかであるから、審決がこの点を考慮することなく、「本願発明に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。」(審決書9頁3~4行)と判断したことは、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であって、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がない。

1  取消事由1について

本願発明における含水量の意味は、本願明細書の特許請求の範囲に記載されているとおり、ごみ焼却飛灰に硫化剤と水を加えた場合における含水量として定義されているものであって、必ずしもこれが、硫化剤とは別に添加する水だけでなく、硫化剤自体に内在する水をも含めて定義されていると解されるものではない。そこで、審決は、引用例発明の含水量について、硫化剤とは別に添加する水に着目した30.6%と認定するとともに、それ自体に内在する水も含めた32.3%をも認定し、双方に対して進歩性に関する認定判断をしたものであるから、その含水量の認定に誤りはない。

原告は、引用例の含水量は正しくは32.7%である旨主張するが、もともと32.3%を算出したのは原告自身であって、審決はその数値を採用したものであり、これを一転して32.7%と算出されるべきであるとするのは、信義則上許されるものではないし、また、含水量を32.7%とした場合であっても、後述するように、審決はその程度の範囲をも含めて本願発明の進歩性を判断しているから、結論において誤りはない。

2  取消事由2について

本願発明の含水量の上限値(30%)と引用例発明の含水量の差が0.6%であっても、2.3%であっても、この程度の差異がハンドリング上の大きな意味を持つと認めるに足る技術的根拠はなく、むしろ、本願出願当初の明細書(甲第2号証)では、この点について、「50%以上では泥状となってしまい反応率は高いが処理がしにくいことが明白になった」と記載されていることから、審決は、その程度の差異をもって本願発明が進歩性ある発明を構成することにはならないと判断している(審決書3頁7~16行、同6頁4行~8頁15行)ものである。したがって、引用例発明の含水量が32.7%であったとしても、同様の判断がされるから、審決は結論において誤りはない。

また、焼却灰等の粉粒体を調湿することにより、取扱いに便利で作業性の高い安定な最適の加湿状態を得ることは、本願出願のおよそ5年前に発行された特開昭56-113339号公報(乙第1号証)に開示されていることであり、審決が、「一般に含水量が高くなり過ぎると取扱上の問題が生じてくることはこの出願前よく知られた事実である」(審決書6頁19行~7頁1行)としたことに誤りはない。

なお、本件試験書をみても、なぜ含水量30%が臨界的な数値であるとすることができるのか、それがハンドリング上の問題(車体やバスケットなどに対する附着の問題)としていかなる意味をもつのか等は、明らかとされていない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1、2(引用例発明の誤認と相違点判断の誤り)について

(1)  本願発明の要旨の認定、引用例の記載事項の認定、本願発明と引用例発明とは含水量が相違する(相違点)が、その他の構成において実質的に差異がないことは、いずれも当事者間に争いがない。

本願明細書(特公平5-77477号公報、甲第13号証)には、従来から採用されている重金属の安定化処理方法の欠点として、「濾過工程もしくは焼結固化等の複雑な処理工程を必要とするうえ、処理コストが非常に高価であるという難点もあり、・・・何れも処理剤の添加による含水量10~13%程度を上限とするもので、反応率が不充分であり、従つて2次公害の恐れが大である。しかもごみ焼却飛灰のような場合には混合中および荷役中に飛灰の飛散が著しい。」(同号証3欄19~29行)と記載され、本願発明については、「安価な処理剤を使用し、しかも簡単な処理工程により効率的且つハンドリング容易な状態で重金属の溶出を阻止する方法を提供することを目的とする。」(同3欄32~35行)、「本発明は、飛灰中の重金属を硫化剤により処理することにより難溶性の硫化物に転化させる必要があるから、硫化剤が被処理物と密接に接触する必要があり、そのためには硫化剤を含んだ水溶液と飛灰を充分混練せしめる必要がある。第1図~第3図は、硫化剤として水硫化ソーダを用いて発生源の異なる飛灰の数種類・・・についてPbの溶出試験を行い各々の実験の中央値を結んで図示したものである。」(同3欄44行~4欄9行)、「本発明者の実験では飛灰の含水量18%未満では反応率が非常に悪く、一方30%以上では泥状となつてしまい反応率は高いが処理がしにくいことが明白になつた。」(同4欄33~37行)、「含水量18%以上となると混合された飛灰がペレツト状の塊を形成し、適度の混合後においてはそれ以上の混合操作ないし積出しなどの荷役中において飛灰の飛散することがない。また含水量が30%超えとなると泥状となつてクレーンによる搬出車への積み込みに際し車体やバケツトなどに対する附着が著しく円滑な積み出しが困難で、附着した混合物の清拭にも苦心を必要とするが、18~30%とすることによりこれらの不利を何れも適切に解消し、ハンドリング性に優れた処理を実施し得る。・・・硫化剤としては水溶性の硫化物が好ましく、Sを含む液体をキレート剤、およびNa、K等の一価のアルカリ金属の硫化物等が適している。」(同4欄41行~5欄10行)と記載され、第3図には、含水量が18%未満ではPb溶出量が20mg/l程度以上と高く、これが18%を超えると15mg/l以下となり、30%にかけて徐々に溶出量が抑えられ、含水量30%程度だと溶出量は1mg/l程度になることが図示されている。

これに対し、本願の出願当初の明細書(特開昭63-111990号公報、甲第2号証)には、その特許請求の範囲において「ごみ焼却飛灰に、硫化剤と適量の水を加えて混練し、」と記載され、含水量に関する記載はなく、発明の詳細な説明において「本発明者の実験では飛灰の含水量18%以下では反応率が非常に悪く50%以上では泥状となってしまい反応率は高いが処理がしにくいことが明白になった。」(同号証2頁左下欄14~18行)と記載されていたが、その後、平成3年12月5日付け手続補正書(甲第7号証)において、特許請求の範囲が「ごみ焼却飛灰に、硫化剤と水を加え含水量18~30%として混練し、」と補正されて含水量に関する特定が加えられ、さらに、平成4年4月24日付け手続補正書(甲第11号証)において、上記「50%以上では泥状となってしまい」との記載が「30%以上では泥状となってしまい」(同号証明細書6頁12~13行)と補正されたことが認められる。

以上のことによれば、本願発明は、ごみ焼却飛灰中の重金属類の安定的な処理のために、硫化剤と水を加えるものであるが、その含水量を低くすると、反応率が不充分であって重金属の溶出量が高く、飛灰の飛散も著しいのに対し、含水量を高くすると、当該溶出量は低減し飛灰もペレット状の塊を形成するが、含水量を高くしすぎると、スラリー状態となってハンドリングが困難となることから、含水量18~30%という中間の特定範囲を設定したものと認められる。しかし、その出願当初の明細書の特許請求の範囲においては、含水量の数値的な特定は行われておらず、発明の詳細な説明において、発明者の実験によると含水量18%未満では反応率が非常に悪く、50%以上では泥状となってしまい反応率は高いが処理がしにくいとされていただけである。その後の補正により、特許請求の範囲において含水量18~30%という数値範囲が設定され、含水量の下限である18%については、従前の処理剤の含水量が10~13%程度を上限とするものであり、また第3図に含水量が18%未満ではPb溶出量が高いことが図示されるなど、その数値限定上の一応の客観的な根拠は示されているが、含水量の上限が50%から30%に変更されたことについては、明細書上何らかの技術的考察や実験結果等に基づいて行われたものではないと認められる。そして、この含水量の上限とされる30%という数値自体が、特定の実験等による技術的知見に基づくものでないことは、原告自身も認めるところである。

そうすると、本願発明において、その含水量が30%を大きく上回ると水分の多いスラリー状態となってハンドリングが困難になるものと考えられるが、それをわずかでも上回るとハンドリングの容易性という本願発明の効果を達成することが不可能となるとは認められず、その意味において、上記30%が効果上臨界的な意義を有するものとは認められない。

原告は、本件試験書(甲第24号証の2)において、ごみ焼却飛灰中の混練物が、水分率30%を超えた範囲においては急速にペースト状になる傾向を示すことが、明確ではないものの一応認められると主張するが、その実験内容であるビカー針試験及び液性限界試験のいずれにおいても、30%をわずかに超える含水量によって臨界的な有意差が生じたものとは認められず、このことは原告自身も認めるところであり、その他本件全証拠によるも上記30%に効果上臨界的な意義を見出すことはできないから、結局、上記主張は採用できない。

したがって、本願発明において、「30%をわずかに越える含水量が取扱上大きな意味をもつものとは到底認めることができない。」(審決書7頁16~18行)とする審決の判断に、誤りはない。

(2)  ところで、引用例発明について、引用例(甲第23号証)には、「最近、キレート樹脂を液状化した、水溶性の高分子キレート剤、すなわち高分子重金属捕集剤が開発され、それらを利用する重金属処理が注目され、脚光を浴びている。」(同号証37頁左欄6~9行)、「重金属捕集剤は、水中の重金属イオンと反応して、水に不溶性のキレート錯体を形成するものでなければならない。・・・例えば・・・ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム・・・は水中の金属イオンと反応して、・・・水に不溶性のキレート錯体・・・を形成する。」(同37頁右欄3~13行)、「EP灰中には亜鉛、鉛、銅、カドミウム、クロム、および水銀などの有害重金属をかなり高濃度に含むため、これらを埋め立てなどの最終処分をするには、無害化処理が必要である。これまでEP灰処理については、まずEP灰から重金属を溶出し、その溶出液を中和凝集沈殿法およびキレート樹脂法を組み合わせて処理する方法および、フェライト化処理法などの無害化処理法が知られている。しかしながら、これらの方法はEP灰から重金属の溶出プロセス、および溶出液の重金属処理プロセスに相当の設備費とランニングコストがかかる。そこでEP灰をL-1で直接処理して、重金属をEP灰中に固定化し、無害化処理する方法が考えられる。〔表6〕にはEP灰500gに10%L-1水溶液250mlを添加し、約5分間混練後、この混合物の溶出テスト・・・を行った結果を示す。L-1添加処理後のEP灰の溶出値は、全て規制値以下であり、一般埋め立て処分が可能である。」(同44頁右欄5行~45頁左欄11行)との記載があり、その表1(同38頁)によると、エポフロックL-1はS(硫黄)とN(窒素)を含むキレート形成基をもつ高分子化合物であり、比重は1.20~1.22であり、対象金属はHg.Cd.Cu.Pb.Ni.Cr.Zn.Mn.Feであることが示されている。

これらの記載によれば、引用例発明は、有害重金属をかなり高濃度に含むEP灰を無害化処理するため、S(硫黄)を含むキレート形成基をもつ高分子化合物であるエポフロックL-1(商品名)と水を添加して混練後、重金属を水に不溶性のキレート錯体に転化してEP灰中に固定化するものであり、本願発明の前示構成と同様の構成により、有害重金属の溶出を抑制するという本願発明と同様の効果を有するものと認められる。また、その含水量については、添加する水だけでなくキレート形成基をもつ水溶液である硫化剤自体の含水率も問題となることは、上記処理技術上当然のことといえるから、硫化剤の含水率及び比重を考慮して引用例発明の含水量を算出すると、原告の主張のとおり32.7%となるものである(甲第19号証6~7頁参照)。

また、粉粒体の自動調湿制御方法等に関する発明である特開昭56-113339号公報(乙第1号証)には、「従来、・・・加湿過剰の場合は泥状の状態を帯び、反対に加湿不足の場合は飛散しやすい状態を有するなどいずれの場合にも取扱い使用に不便であり、ムラのない最適の安定な加湿状態を連続して得るのは高度の技術と経験を有する熟練者でも到難のことであった。」(同号証1頁右欄7~15行)と記載され、製鋼ダストの処理法に関する発明である特開昭60-11254号公報(甲第15号証・特許異議申立理由補充書添付)には、「含水率30~40重量%をえらんだのは、30%未満ではペーストが比較的短時間で硬くなり、また40%を超えるとペーストというよりスラリーになり、流動体として取扱わねばならず、固化に長時間を要するからである。取扱中にペーストが固まると不都合なことはいうまでもないし、また添加した水分が多いということは、ペーストの運搬に不利であるばかりでなく、放置中に流出する水分が多くなり、その処理を考えなければならない。」(同号証同公報2頁右欄1~10行)と記載されており、これらの記載によれば、焼却灰等の処理において、含まれる水分すなわち含水量が多くなると、泥状の状態となって取扱い使用すなわちハンドリングが困難となることが開示されており、このことは、本願出願前すでに周知の技術課題であったと認めることができる。

したがって、審決が、「一般に含水量が高くなり過ぎると取扱上の問題が生じてくることはこの出願前よく知られた事実である」(審決書6頁19行~7頁1行)としたことに誤りはない。

(3)  以上のとおり、引用例発明の含水量は32.7%であり、審決がこれを30.6%又は32.3%と認定したことは、それが原告自身の主張によるものであることを考慮しても、なお誤りであるといわなければならないが、本願発明において含水量の上限とされる30%が効果上臨界的な意義を有するものでないことは、前示のとおりであるし、含水量が多くなるとハンドリング上の問題が生ずることも周知のことであるから、引用例発明の含水量が本願発明の含水量を2.7%上回っているとしても、当業者にとって、ハンドリング上の利便性を考慮して、含水量をできるだけ抑えるように試みることは容易なことであり、引用例発明から本願発明の構成を想到することに格別の困難性は認められない。

したがって、結論において審決の判断(審決書8頁16行~9頁4行)は正当と認められ、原告の各取消事由の主張は、いずれも採用できない。

2  以上のとおり、原告の取消事由の主張はいずれも理由がなく、その他審決に取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成4年審判第5157号

審決

東京都千代田区丸の内1丁目1番2号

請求人 日本鋼管株式会社

東京都港区虎ノ門一丁目工8番1号 第10森ビル8階

代理人弁理士 白川一一

昭和61年特許願第255850号「ごみ焼却飛灰中の重金属類の安定化処理方法」拒絶査定に対する審判事件(平成5年10月26日出願公告、特公平5-77477)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ、 手続の経緯・本願発明の要旨

本願は、昭和61年10月29日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「ごみ焼却飛灰に、硫化剤と水を加え含水量18~30%として混練し、飛灰中に含まれる重金属を難溶性の硫化物に転化せしめ安定化させることを特徴とするごみ焼却飛灰中の重金属類の安定化処理方法」

Ⅱ、 引用例

これに対して、当審における特許異議申立人宮崎一夫が提示した甲第3号証である昭和58年3月1日、日本工業新聞社発行「PPM」Vol.14、No.3、第37~51頁(以下、「引用例」という)には、

1) EP灰に「エポフロックL-1」(商品名)なる「Sを含む液体キレート剤」と水を加え、これを混練すると、EP灰中に含まれる重金属を、一種の硫化物の形態とした、水に難溶性のキレート錯体に転化し固定化し得ることが開示されている(第38頁表1、第45頁左欄第1~18行、第37頁右欄第3~15行等)。

2) そして、水の含有量を表6に係る試験条件(第45頁左欄第12~18行)からみると、そこでは、EP灰500gに10%濃度の「エポフロックL-1」水溶液250mlを添加していることから、「エポフロックL-1」の比重1.20~1.22を考慮して水の含有量を計算すると、請求人も平成6年8月23日付特許異議答弁書中で同様に試算するとおり、30.6%と算出される((250-250*0.1/M)*100/(500+250)、但し、M=1.20~1.22)。

Ⅲ、 対比・判断

処理対象物質については、本願発明では「ごみ焼却飛灰」としているのに対し、引用例では「EP灰」を対象としているが、前者の「ごみ焼却飛灰」は、請求人が先の特許異議答弁書に添付した乙第1号証である「廃棄物学会誌」Vol.5、No.1、第3~17頁をもって説明しているように、ごみ焼却施設からの電気集塵器等により集められた灰を意味するものであり、後者の「EP灰」は、ごみ焼却炉の電気集塵装置により捕集された灰を指すものとして当栄者に知られている(特公昭54-23909号公報等)ものであるから、両者における処理対象物質に実質的な差異はない。

また、硫化剤については、本願発明では「硫化剤」としているのに対し、引用例では前記「エポフロックL-1」なる「Sを含む液体キレート剤」が具体的に開示されているが、前者の「硫化剤」には「Sを含む液体キレート剤」が含まれることが本願明細書中に記載されている(本願公告公報第3頁第5欄第7~11行)故、この点においても実質的に差異がない。

してみると、本願発明と引用例記載のものは、処理対象物質、その処理対象物質中の重金属類を安定化処理するための添加剤の種類、即ち、硫化剤及び水のいずれにおいても一致し、水を添加した後の含水量についてのみ構成上の相違が認められ、前者にあっては「18~30%」であるのに対し、後者にあっては、これより0.6%程うわまわった30.6%の条件下で試験が行われているものである。

そこで、この含水量に関する相違点について検討するに、本願発明では含水量を「18~30%」としているが、その技術的根拠とするところは本願明細書等(本願公告公報第2頁第4欄第25行~第3頁第5欄第7行及び第3図)の記載によれば以下のとおりである。

先ず、下限値(18%)については、本願明細書に添付された第3図における含水量と重金属の溶出量の関係にその技術的根拠をおくものであり、同第3図によれば、含水量が18%以下では重金属の溶出量が高く、これが18から30%にかけて徐々に重金属の溶出量が抑えられ、30%を越えるとそれ以降重金属の溶出量はゼロに抑えられることから、少なくとも含水量は18%以上必要とするものである。

次に、上限値(30%)については、それを越えても、前記重金属の溶出量はそのままゼロが達成されるため、この点からみれば上限値に臨界的意義はなく30%以上でも良いが、安定化処理を施した後の取扱(ハンドリング)上の観点において30%を越えると泥状となり搬出車への積み込みに際し車体等への付着による取扱上の問題が生じるため、この点を考慮して含水量を最大30%としたものである。

これに対し、引用例に記載されたものは、30.6%の含水量の下で試験が行われているが、これは、上述したように重金属の溶出量をゼロに抑えるに十分な含水量の範囲内(30%以上)であると同時に、その中でも最も低い30%に極めて近い値が採用されているものである。

一般に含水量が高くなり過ぎると取扱上の問題が生じてくることはこの出願前よく知られた事実であるから、引用例において30%に極めて近い30.6%の含水量が採用されているということは、とりもなおさず、引用例においても、重金属の溶出量の観点に加えて、処理後の取扱上の観点をも考慮した結果とみるのが相当である。

そして、本願発明と引用例における含水量の差異(0.6%)が、取扱(ハンドリング)上の問題として大きな意味をもたらすものかについては、本願明細書等を含め請求人の提出した証拠方法を精査しても、そのような大きな意味をもつものと認めるに足る技術的根拠は何もなく、むしろ、出願当初の本願明細書中では、この点について「50%以上では泥状となってしまい・・・処理がしにくいことが明白になった」(同出願当初明細書第5頁第15~18行)と記載していたことからすれば、30%をわずかに越える含水量が取扱上大きな意味をもつものとは到底認めることができない。

なお、この点に関し、請求人は、引用例で用いられている「エポフロックL-1」なる「Sを含む液体キレート剤」は、それ自体水を含むものであるとして、その含水量の試験結果に係る乙第3号証の1及び2を提出し、それらに従えば、引用例における含水量は32.3%と算出される旨主張するが、本願発明において含水量を「18~30%」としている意味が、このように硫化剤である「Sを含む液体キレート剤」自体に含まれる水をも合わせたうえでの含水量を意味するものとは、本願明細書をみても直ちに解すことはできないが、仮に、そのような意味であるとしても、本願発明と引用例における含水量の差異は、依然として30%をわずか2.3%うわまわっているに過ぎず、この程度の差異が取扱(ハンドリング)上の問題として大きな意味をもつものと認めうる技術的根拠がないのは先の場合と同様である。

してみると、引用例記載の方法が、本願発明に比べ、含水量がわずかうわまわった値となっているが、重金属の溶出量を抑え得る範囲内で含水量をできるだけ抑えるよう試みる程度のことは、当業者が、取扱上の利便性をも考慮し適宜なし得ることであるし、そのわずかな差異が効果上臨界的な意義を有するものとも認めることができない以上、本願発明に格別の技術的創意工夫がなされたものとすることはできない。

Ⅳ、 結論

以上のとおりであるから、本願発明は、引用例の記載内容に基づき当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年6月26日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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